幼い子が平和を考えるなんて
戦争と争いがなく世界中の人たちが愛を分かち合う、平和な世界をつくることが私の幼い頃からの夢でした。
そのように言うと、『幼い時から平和を考えていたなんて、
どうしてそんなことが?』
と反問する人がいるかもしれません。
しかし、平和な世界を夢見ることがそんなに途方もないことでしょうか。
(書籍 平和を愛する世界人として)
より
私が人生に疑問、悩みを感じはじめたのは幼稚園の時の事でした。
楽しみな月に一度の誕生日会。
ひな壇に座って、誕生日の子たちからの劇をみます。
小さい私は、いつも下の一番手前の席でした。
しかし、この誕生日会が優つなものとなりました。
ひな壇に座る時、いつも私の後ろに座る子が、誕生日会の途中にたびたび首をつねってきます。
後で理解したのは、その子は私の友達と仲良くしたかったようで、女の子の三角関係ですね。
後半はその友達を奪いに来るようになりました。
誰でもつねられたら痛いのに。
どうしてその痛みを人に負わせる事が出来るのだろうか。
痛みはその時だけのものでしたが
この疑問、心の痛みは癒ないまま
何の解決も出来ず、、
とうとう無抵抗のまま卒園しました。
幼子でも争いには敏感で、大人でも欲心でむき出しになれたり、、
平和は年齢に関係なく誰もが考えるべきものだと思う。
戦地にいる子供たちの気持ちはいかばかりだろう。
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